冬の森で迷子。
11月の初めにフランスに居る娘から、孫の休暇に合わせて
冬休みを東京で暮らしたいと言って来ていた。
予定が決まったら、連絡すると言うから待っていたが、
それ以来何とも言って来ない。
催促のメールを送ったが、返事も帰って来ない。
遂に先日の土曜日の夕方(あちらは昼前)電話をしたら、
忙しくて娘の休暇が取れないと言う。
それから1時間ばかり話を聞いていると、
娘は電話口で初めて泣いた。
フランスで暮らし出して何年に成るだろう。
慣れないフランス語と習慣。
会話で返事が遅いと『あの子は馬鹿だ。』とばかりに
気長に待ってくれず、離れて行く。
それでも泣いた事は無かった。
この何ヶ月か、もの凄く忙しい上に、
交通ストが何度か起こり、歩いて会社に通い
孫の送り迎えが大変だったので、
あちらのお姑さんに頼んだのに、協力してもらえなかった事。
あちらのお嬢さんが離婚して戻って来てから、
そちらの孫中心に成ってしまったらしい。
自分の出戻って来た娘が1番可愛いのは仕方ない。
しかし、『アジアの小娘には、勤め先があるのに、
私の娘には如何して勤め先がないのだ!』と迄言われたらしい。
一気に愚痴を言って落ち着いたのか、
「お姑さんの気持も分かる。でもユカがあちらに行くと
あちらの遊び相手に呼んだと言うのは、明らかなの。
私の子は、子守じゃない!」と叫んだ。
『何だか凄く分かるよ。
私もやらされたからね。』
「そうだったよね・・・」と娘も思い出したようだ。
事情は、ちょこちょこ聞いていたので、
これ以上我慢しなさいと言えなかった。
『別れて帰って来たら』と言うと、
「それも考えたけど、今の会社が私を買ってくれてるの。
それに主人(フランス人)にも、私の立ち場を話して、
協力してくれる様に言った。
やっと分かってくれたけど、本当に何もしてくれないのよ。
お父さんもそうだったよね?
私が悪いのよ。おかあさんが納得してなかったのに、
こちらでの生活を選んだんだから・・・
私ね、最近これは私に科せられた運命だと思うようにしたの。
これを越えなくちゃ、死んであの世へ迎え入れてもらえない。」
私は、又古風な事を言い出した物だと苦笑したが、
娘は強くなったと思った。
それでも、
『カウンセラーを受けて誰かに
聞いてもらいなさい』と言った。
娘も
「やっぱりその方が良い?」とぼんやりそんな事も考えていたのだろう。
私の助言を素直に聞いた。
時々電話しよう。
私もあの子は大丈夫と言う気持が何処かに有った。
もうすぐ45歳だ。何やかやと危うい年齢である。
娘は疲れている。
だがその状況を、向こうのおかあさんが、理解してくれるだろうか?
娘にとって、此処が踏ん張り所だろう。
私には、向こうの実家の実体が見えないだけに、
どう対処したら良いか分からない。
今日、プレゼントが決まらないので、
一先ず先に2人にクリスマス・カードを送る。
楽しい聖夜である事を祈って・・・・
(12/12 5.208歩 12/13 5.442歩 12/14 5.524歩)
by magic-days
| 2010-12-16 22:01