(アオサギ)
f0086169_225720.jpg

先日久し振りに家族揃って、能を鑑賞して来ました。
今回は新太郎先生の13回忌追善能で、
能夫先生は「鸚鵡小町」を、明生先生は「一角仙人」を
務められました。
f0086169_2281790.jpg

「鸚鵡小町」とは、
百歳の老女と成った小野小町が住む逢坂山に、
帝の歌を携えて新大納言行家が尋ねて参ります。
「雲の上は在りし昔に変わらねど、
       見し玉簾の内やゆかしき」
このお歌に小町は、
「ぞ」と応えます。
行家が不審に思い尋ねると
「内やゆかしき」を「内ぞゆかしき」と
替えて返歌とした。
f0086169_2295877.jpg

この様に贈られた歌の文句を部分的に替えて
答える技法を「鸚鵡返し」と言うのだと
説明します。

「宮中は昔と変わらないが、その様子を知りたいと思わないか。」に
「(強く)知りたい。」と返したのです。
「鸚鵡小町」の題名は、此処からつけられています。
f0086169_22113131.jpg

小町は華やかな歌詠みだった昔を思い出し、
衰えた我が身を嘆きます。
その小町に、行家は業平の法楽の舞の再現を所望します。

ここで、前シテは舞台奥に下がり、傘と杖を置き代わりに
烏帽子と長絹を付け男装します。
(カワウ)
f0086169_2215148.jpg

面はそのままで、奥から前に出て来られた時は
年老いた小町で無く、業平に成り切っていました。
小町が業平を追憶しながら舞います。

この序の舞は、心に静やかに何とも言えない淋しさを
送り込んで来ます。
f0086169_22162732.jpg

昔を懐かしみ、今を哀れむ。
その交差した気持が、舞い扇を返す度に
引いては返し、返しては引きます。

舞い終わって、行家に別れを告げ傘と杖を持って
立ち上がったとき、見事に老女に戻っていられました。
(マンサク)
f0086169_22172770.jpg

衣装も替えず、烏帽子もそのままにも関わらず、
見事なまでの百歳の老女でした。

終わってロビーに出た所で主人が
「isikawa くんだよ。」と腕を引くので
振り返ると、見覚えのあるお顔が笑っていました。
「36年振りです。」と亦にこやかに笑われました。
(カルガモ)
f0086169_22182322.jpg

九州支店で同期で入社した方でした。
謡の会で共に学んだ仲でした。
面影ははっきりと残られていたので、
場所が違う所でお会いしても分かったと思います。
(クロッカス)
f0086169_22192310.jpg

昔支店の茶室で、新入社員から次長迄隔たり無く
大きな声で謡い、唸ったあの頃が一瞬のうちに甦り消えて行きました。
もう2度と無い再会でした。
次の番組の迄の束の間の出会いでした。
f0086169_22374624.jpg

慌ただしく席に戻る人々を見やりながら、
小町の気持が少し分かりました。
若い日の眩しい日々が甦ったのは一時だけで、
後に残るのは、淋しい余韻だけでした。

(3/10 7.847歩)



[5枚目の写真]

カワウは、大きな魚を捉まえましたが、大き過ぎて持て余し
捨ててしまいました。(苦笑
時々魚の死体が浮かんでいる事がありましたが、
こう言う事も有ったのかと、合点しました。
[PR]
by magic-days | 2011-03-10 21:36

小雨の中、花見と洒落てみる。
何か見えない物が、見えるかもしれないと期待して・・・
(妙寿寺)
f0086169_2037134.jpg

     『願はくは、花の下にて春死なむ。
      その如月の望月の頃。』
f0086169_20391447.jpg

(辛夷)
f0086169_2049574.jpg

(花カイドウ)
f0086169_20543526.jpg

     『西行の慾のはじめやねはん像。』
f0086169_20553190.jpg

(鴉)
f0086169_20561097.jpg

[高源院]
(ミツバツツジ)
f0086169_2057347.jpg

     『ほしいまま旅したまひき西行忌。』
(シメ)
f0086169_20574699.jpg

(苔)
f0086169_20581140.jpg

(雪柳)
f0086169_20584711.jpg

     『花あれば西行の日とおもふべし。』
(ヒヨドリ)
f0086169_2059308.jpg


歩いているうちに、雨も少しづつ間隔を増して、
途絶えて行く。
遠くで鳴いていた鳥の声が、段々近付いて来る。
最初一色の声だったのが、
段々三色、四色と聞こえて来る。
雨が上がると知らせてくれる・・・・


西行桜と言う桜はありません。
よろしく!
[追記]
能 西行桜
京都、西行の庵室。春になると、美しい桜が咲き、多くの人々が花見に訪れる。
しかし、今年、西行は思うところがあって、花見を禁止した。
一人で桜を愛でていると、例年通り多くの人々がやってきた。
桜を愛でていた西行は、遥々やってきた人を追い返す訳にもいかず、招き入れた。
西行は、「美しさゆえに人をひきつけるのが桜の罪なところだ」という歌を詠み、
夜すがら桜を眺めようと、木陰に休らう。
その夢に老桜の精が現れ、「桜の咎とはなんだ」と聞く。
「桜はただ咲くだけのもので、咎などあるわけがない。」と言い、
「煩わしいと思うのも人の心だ」と西行を諭す。
老桜の精は、桜の名所を西行に教え、舞を舞う。
そうこうしているうちに、西行の夢が覚め、老桜の精もきえ、
ただ老木の桜がひっそりと息づいているのだった。(wikiより)


(かわらひわ)
「私のお尻、かわいい?」
f0086169_2111258.jpg

「羽を広げると、綺麗なんだよ!」
f0086169_211423.jpg

先日の雛の成鳥です。
あの雛の親ではないと思います。
随分離れた所ですから・・・
あの雛が無事育てば、こう成ると言う事です。
土曜日自彊術に行く前、都営住宅で。


(4/4 7.841歩  4/5 6.505歩)
[PR]
by magic-days | 2010-04-05 22:03
(国立能楽堂・中庭)
f0086169_20395510.jpg

昨日は,霙でも混じっていそうな雨の中を、
千駄ヶ谷「国立能楽堂」に赴く。
今回の出し物は、
粟谷明生先生が、「定家」
中で狂言が入り、野村万作さんの「入間川」
そして、粟谷能生先生の「鞍馬天狗」
12時15分開演、5時半終了です。

私達が国立能楽堂に着いた時は、「定家」が終わる頃でした。
その様子を食堂で、テレビの画面を見乍ら、余韻を頂いていました。
会場の扉が開いて、20分間の休憩に入ります。
f0086169_20552373.jpg

私達は、人の波に逆らって会場に入り気持を舞台に向けて、
狂言の始まるのを待ちました。
入間川を挟んで向こうとこちらから、問答を行う様は
見ていて、滑稽で仕方が無い。(笑
野村万作さんは、流石に上手い。
見えない富士を眺め空かして褒める所等、
つい、万作さんの目線の先に、富士の勇姿が有る様で、
目線を追ってしまう。
f0086169_20494938.jpg

おかしな仕草言い草に堪えきれず,声を出して笑い、
すっかり身体も心も、解きほぐされてしまった。
15分の休憩が入り、いよいよ能生先生の「鞍馬天狗」が始まる。
前シテは,黒装束の山伏。
後しては、白装束の大天狗。

満開の桜の下、黒装束の山伏の姿は、如何にも異様で相応しからぬ
招かれざる客人である。
平家の稚児を引き連れて鞍馬寺の僧達も、
花見にやって来るが、山伏の姿を見て引き上げて行く。

その場に1人の稚児が残る。
これが沙那王、後の義経との出会いです。
f0086169_21215799.jpg

沙那王は、今の自分の惨めな立場を嘆き
「月にも花にも捨てられて候」と訴えます。
山伏は、この幼い稚児が源氏の統領の3男と気付きます。
「見る人も無き山里の桜花、よその散りなん後にこそ
 咲かば咲くべきに・・・」と謡います。

そして、自分はこの山に住む大天狗であると名乗り、
明日より兵法を授け、平家を討たせ申そうと言って、
明日の参会を約して、飛んで消えて行きます。
f0086169_21402871.jpg

中入りで問答が有って、後半に入ります。
シテは、後シテとなり白装束の大天狗となって現れます。
山伏と違って、大きな存在感を放ちます。
この前シテと後シテの変わり様は構成が見事です。

大天狗は、沙那王に平家を追い落とす時には、
必ず力添えをすると約束して、鞍馬の山に飛び去って行きます。
この間の笛や太鼓、鼓も華やかに鳴り響きます。
f0086169_22495311.jpg

能楽堂の上を、大天狗が大団扇を翳して飛び去って行く様な
勇壮な幕切れでした。


次回は、10月10日 13時〜です。

能    野 宮       粟谷能生

能    白是界       粟谷明生

お問い合わせ
粟谷能の会  TEL 03−3387−1358
       http://awaya-noh.com/




( 3/6 7.778歩  3/7 5.030 歩 3/8 14,282歩 )
[PR]
by magic-days | 2010-03-08 23:14
f0086169_14414330.jpg

連休中日の11日は、家族揃って久しぶりに能楽鑑賞に
参りました。
娘とは時々参りますが、主人ともとは本当に久しぶりだと思います。
「第86回粟谷能の会」
千駄ヶ谷の国立能楽堂です。
f0086169_1448070.jpg

                 (あおげら)
題目は能生先生の「葛城」と明生先生の「通小町」。
それと狂言「子盗人」半能「石橋」。
12時開演5時終演です。
私達は、能生先生の「葛城」だけ拝見しました。
f0086169_14555867.jpg

古今集の
「しもとゆふ葛城山にふる雪の間なく時なくおもほゆるかな」
が資料として、書かれています。
そう言う雪深い山で、迷った山伏一行が、里女(前シテ)に会い、
今夜は私の庵にお泊まりなさいと誘われる。
そこで語り、里女に祈祷を頼まれる。
里女がこつ然と消え、葛城明神(後シテ)と成って現れ、
「岩戸の舞」を舞い、自分の顔の醜さを恥じて
天岩戸に隠れる。
f0086169_159723.jpg

          (こげら)
大まかな筋は、そんな物で、良くある筋運びです。
しかし、前シテの里女にしても葛城明神にしても
シンとした品格が要求される。
衣装が素晴らしく美しい!
その美しさをより深めるのが、舞い手の技であり
品格である。
f0086169_15141873.jpg

能生先生は、その2つを併せ持つ能楽師です。
明神の衣装は、赤い袴に白い薄衣の上着に
頭にはきらびやかな冠(?)を被り、
全体に「ふわり」とした感じで、舞台に立ってあるのだが、
今しも天にでも登って行く様な、荘厳な感じが
始終して、舞い手が人間である事を忘れてしまいそうである。
f0086169_1520413.jpg

こんな素敵な先生に1時期でも対で、お教えを受けた事は
畏れ多い気がします。本当です!
物事を知らなかったのですね。
若気の至りでございます。(私には、これが多いのです。)苦笑

主人も娘も大満足で、私も面目が立ちました。
f0086169_15251450.jpg

主人はもう来年の春の予定を見ながら、
「次は鞍馬天狗だぞ!」とニヤニヤしています。
本当に?(笑
[PR]
by magic-days | 2009-10-12 15:27
f0086169_19423390.jpg

10/12「粟谷能の会」に参りました。
この日は菊生先生の3回忌追善能でもあります。

能夫先生の叔父さまに当たられます。
この日の能夫先生は「木賊」を為さると言うので、
随分楽しみにしていました。

「木賊」は、
『老人の物狂い能で、老女物に並ぶとされる至難の曲である。
 シテ、地謡、囃子の緻密なアンサンブルが必要とされる。』と
パンフレットに書かれてありました。
f0086169_19543989.jpg

物語は、一晩の宿を貸した旅僧達の夕餉の席で、
別れた息子を偲んで、酔った上で舞いを舞い,
舞いながら息子の幻を追う。
最後には、旅僧の中に我が子が居て対面出来ると言う
話です。

能夫先生は背丈が有り、決して小柄な方ではないのですが、
老人が狂って静かに力なく舞う所は、
一瞬身体が小さくすぼんだ様に見えました。
芸の力とは、凄い物だと思いました。
f0086169_20174929.jpg

わが子との対面が成って、喜びの舞いを舞うと
地謡が「こは、夢か夢にても、逢うこそ嬉しかりけれ〜」と
謡います。

先生は、能舞台と言う現実ではない世界で、
別れた子に出会ったり、夢を叶えたり出来る。

例え舞台が終われば現実社会に戻ると分かっていても、
幸せでいらっしゃるのでしょう。
f0086169_20461371.jpg

粟谷能の会通信に、
『能を糧として、咀嚼し、血肉化し、そして体現していくという
 作業が生活そのもので、それに値するだけ、能はすばらしいものだと
 信じています。』
先生の断固とした言い様に、畏れを感じました。
伝統芸術を継承して行く、自分の勤めを果たして行く、
覚悟が漲っています。
f0086169_8464656.jpg

私は,能を鑑賞していて1番の見所のシテ舞いが始まると
本当に嬉しい。
上手な方の舞いは、地謡と囃子に自分の手足を載せ、
淀みなく舞い、見る私たちを酔わせてしまう。
身体が気持ち良く、余分な力が抜けて、
文字通り雲の上を歩いている様なのです。
f0086169_20292549.jpg

この日の演能

能   「絵馬」      粟谷明生
狂言  「無布施経」    野村 萬    野村万蔵
能   「木賊」      粟谷能夫


次回

   3月1日(日)  国立能楽堂   13時〜

演目  「安宅」      粟谷明生
    「殺生石」     粟谷能夫


詳しくは、「粟谷能の会」H・Pをごらん下さい。
[PR]
by magic-days | 2008-10-17 20:49
f0086169_2272659.jpg

日曜日風邪は直り切って居なかったが、国立能楽堂で催される
「粟谷能の会」に行く。
粟谷家は、喜多流を支える3本柱の1つである。
粟谷家とは私が娘の頃からのお付き合いで大変お世話になり、
謡の基礎をみっちり仕込まれた大恩ある流派です。

そして今日は東京でお世話になった粟谷能夫先生が「隅田川」を
おやりに成るとお知らせを頂き、1ヶ月程前から楽しみにしていたのです。
f0086169_22184720.jpg

1番目の演目の「邯鄲」(野村萬斎さんも出演されていたのだが)
を見過ごして、狂言「鶯」(野村万作)を面白可笑しく拝見して

いよいよ「隅田川」である。
話は、我が子を人買いにさらわれ悲しみの余り狂女となり、
旅の途中の渡り船で川を渡ろうとする。

船が出て、向こう岸に近付くと、大念仏が聞こえて来る。
船頭が語るには、1年前に人買いに連れてこられた子がここで捨てられ
病になり亡くなったと言う。
f0086169_2232491.jpg

その子こそ狂女が探し求めていた我が子梅若丸だったのです。
狂女が塚の前で念仏を唱えると子供の声で「南無阿弥陀仏ー」聞こえる。

私は子方が塚の後ろから出て来て、狂女の前に立った時に
涙がぼわーと視界を遮って見る事が出来なくなった。
この梅若丸は3月15日が命日。
そして先生の跡取りであるぼっちゃんが亡くなられたのも、
春は3月だった。

聡明で、初舞台から拝見していてお父様譲りのお顔立ちの良さ、
お声の良く通る事、そして何と言っても華がお有りでした。
f0086169_22441228.jpg

4月から私の前の家の近くの小学校へ通わせたいからと、
家の住所を貸して下さいと奥様ぼっちゃんを連れてご挨拶にみえた時の
嬉しそうなぼっちゃんのお顔が何時迄も忘れられませんでした。

我が子ながら能楽師としての役目を背負われた大切なお子であっただけに
どんなにかお攻めを受けられたかと、又ご自身をお攻めになったかと思うと、
何年経っても何回見てもこの場面では涙がこぼれるのです。

あれから19年程月日が流れたでしょうか?
今ご存命であったらと思っても仕方ない事です。

先生は、内側からこぼれる様な慈愛を秘めて静かに悲嘆にくれる狂女を
舞われました。
[PR]
by magic-days | 2008-03-03 22:57
←menuへ