(高源院)
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「『銀の匙』の国語授業」  橋本 武  岩波ジュニア新書
作者は,1935年に旧制灘中学校に赴任されて,1984年に74歳で退職する迄
国語教師として、教壇に立たれていました。
この方のユニークな点は、教科書を使わずに「中 勘助」の「銀の匙」を
使われた事です。

灘校は私立ですから,中高6年間持ち上がりで、
同じ生徒を通して、教える事が出来ます。
その6年間を「銀の匙」1冊で通されたのです。
(カルガモ)
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遊んでいるつもりで、自然に学んでいる事になる様に持って行きたい。
その為にも道草したり、脱線したりして、色々な事を体験させます。
凧を図画の時間と通して作らせ、凧揚げに興じたり、

「銀の匙」中でお能の話が出ると、観劇を体験し能楽部が出来たり、
短歌を作らせたり、何か新しい物が出てくると体験させて、
1つの事を多方面から理解させていた様に思います。
(花水木)
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「勉強は長い人生を生きて行く為の基礎力をつける為であり、
 国語は全ての教科の基本である。」
これがこの方のポリシーだったのでしょう。

学生時代にこう言う方に導いて頂いた生徒達は、
本当に幸せな人たちです。

心に残った点
  「すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる。」
  「今日の入試が、いかに残酷に若い人たちの学習意欲を
   冷却させているか。」
  「水準以上のことをやっていれば、心にゆとりが持てる。」

(ヤマボウシ)
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 「ヒトリシズカ」   誉田哲也    双葉社
この本は6章から成り立っていて、全て別人が語り手ですが、
物語の主人公は、静加と言う1人の女性です。
父親や母親の同棲相手が、家庭内暴力で母親を傷つけるのを
見て育ち、訴えた警察も無力で何もしてくれず、
子供心に誰も頼れず、信じれないと知らされる。

母親は男に頼っては、裏切られると言う情けない親で、
彼女は人を殺して家を出てしまう。
その後彼女は死んだのか、何処かで生きているのか、
消息を絶ってしまう。
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しかし不思議な事件が、次々に起こる。
しかも姿を見せない若い女の痕跡だけが残される。

6章の中で、4章の「罪時雨」は初めて、静加の成り立ちが
浮き彫りにされる。
家庭内暴力は、現実社会でも紙面に出ない日は無い程である。
その被害者達が、皆静加の様に反撃に出れるだろうか?
作者は、この本で何を訴えたかったのか?
(ヒヨドリ)
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この事件解決迄に17年間の年月が流れる。
事件の始まりの対処を、交番の若いお巡りさんが可愛いコンビニの
お嬢さんに私情を挟まなければ、事件は此処迄大きく被害者も
増えなかったのではないだろうか?

静加を救えたかも知れない。
悲しい幕切れです。

(井の頭・弁天池)
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「『徒然草』の知恵」  嵐山光三郎  集英社
「銀の匙」関連の本を読むうちに、「徒然草」を読みたくなっていたのだが、
本屋さんでこの本を見つけた時、先ずはこれから行こうと思った。
この選択は賢い選択でした。(笑

この本の帯に、「スティーブ・ジョブズの信条は、兼好に通じている。
        ・・・・・・シンプルなものがすぐれている。」と
書かれていた。
新聞にアップルのディレクターが「アップルの経営は、シンプルである。」と
コメントしていたから、そうなのかも知れない。
(カルガモ)
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兼好は物事の両面から見て、どちらの考えも肯定している。
私の様な凡人は、「どっちが本当なの?」と疑問に思うのだが、
作者は、どちらも兼好は肯定している。物事は1面だけでなく、
矛盾を抱えて存在すると言っている。
(カルガモ)
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難しく考えずにシンプルに受け留めるべきなのかも知れない。
兼好は酒が好きで、賭け事も好きで、女性も好きだが
結婚はすべきでないと言ってる。
思いのほかロマンチストな人かも知れない。
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勉強にはなりましたが、分かったとは言いがたいです。
難しい・・・・
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by magic-days | 2012-06-01 20:33
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                          (4/28撮影)

  「お父やんとオジさん 上・下」   伊集院静  講談社
この本に書かれている事は、実話です。
其れを知って読むと、実に深い一家の歴史だと知る事が出来ます。
主人公の少年(伊集院静)は、少年の時に韓国から一時的に来日していた
オジさん(お母さんの弟)を垣間見て、惹かれます。
時を経る程に英雄化して行きます。
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                          (4/9撮影)
オジさんは、昔日本で家族と共に塩田で働いていたのですが、
終戦と共に新しい国を作るのを夢見て、家族と共に韓国に帰って行きました。
少年の両親は、日本で事業を伸ばして行く為に残りました。
韓国に渡って直ぐに、オジさん達は南北朝鮮の戦いに巻き込まれて行きます。
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                          (4/29撮影)
オジさんを待っていた運命は、屈辱にまみれた毎日でした。
1つの国が2つに裂かれる悲しみは、体験した者にしか分からないけど、
想像しただけでも、胸が締め付けられます。
戦争と言う物が、国民の関わりのない所で始められ、
長い間地獄に落とす、モンスターである事を再確認しました。
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アメリカ軍が韓国に援軍を送り、北朝鮮と闘っている時、
韓国の田舎で留守を守る年寄りや女達は、働き手が無いので、
逃げて来た北朝鮮の男達を匿い、その代わりに畑仕事をさせて、
夜は皆で酒盛りをしていたのです。
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80人の村人に、150人の北朝鮮の男達が、あちこちの家の地下室に隠れていたのです。
同じ国同士の物が、北と南に引き裂かれて、心の底から憎しみ会う事等
出来なかったのでしょう。
この事実を知ったアメリカ兵達は、苦笑したそうです。
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そして少年は、オジさんの真実の姿を知り、お父やんの勇気と
男らしさを知って誇りに思った事でしょう。
(理由は敢えて書きません。読んで頂きたいと思うから)
母を愛し、子供を愛し、身内を愛し、仕事仲間を信じ、信頼され、
お父やんの思いの暖かさを少年は、自分の将来の姿とし、励みとして
生きて来た事でしょう。
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   「銀の匙」   中勘助  岩波文庫

以前読んだ本に書かれていたこの本を、何時か読んでみたいと
思っていましたら、先日本屋さんで見つけて、迷わず購入しました。

主人公(中勘助自身)は、難産で生まれひ弱で、母親も身体が弱く
伯母さんの手に依って育てられました。
この伯母さんが大した人で、日本古来の話も上手く、子供遊びも上手で、
聞かせてくれた話の中でも、「千本桜の初音の鼓」の話は、
身に詰まされて、何時迄も思い出されて涙がこぼれたのでした。
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「銀の匙」とは、子供の頃から病弱で、薬ばかし飲まされていたので、
飲みやすい様にと伯母さんが、何処からか持って来たのです。
身体が弱いので、近所の男の子とは遊ばず、
何時も可愛らしい綺麗な女の子とばかり遊び、
情も細やかに、深く親しんでいました。
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自然に対する感情の豊かさ、その表現の的確で美しい事に
私は溜め息ばかり吐いていました。
日本の四季の移ろい、鳥や花や空、川・・・
その全ての造形に涙し、立ち尽くす少年の後ろ姿を抱きしめて、
心の奥深くに仕舞い込んでおきたい気持です。
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何かの折に閉まった扉の隙間から、日が射す様に艶やかに
躍り出て来て、私を喜ばしてくれるでしょう。

何と言う日本語の美しさ。
語る表現の新しさ奇抜さ、若き日の夏目漱石が感嘆したと聞けば、
さもありなんと思い、両の手のひらに其れを挟み、
その豊かさを自分の中に宿したいと念じました。(笑



ボタンの花は、2年前に深大寺にて買いましたが、去年は咲かなかったと思います。
今年は見事に開きました。
山芍薬も咲きました。これも深大寺にてもとめました。
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                        (4/17撮影)

(その後・・・・)
牡丹は「触れなば、落ちん」風情でしたので、本日(5/3)
花がらを摘み取り、来年の花が又美しく咲く様にお願いし、
少し感謝の肥料を与えました。
「ありがとう」
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by magic-days | 2012-05-02 20:45
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    「周平独言」     藤沢周平    中央文庫

長い事抱えていてやっと読み終えた。
エッセイ集と言う事だったので、軽い気持で藤沢周平の
あれこれを楽しみ乍ら読もうと思っていた。
ところが450ページ程の半分は、歴史書の様な物で、
私には最も苦手な物であった。
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その中で「一茶という人」というのは、興味深く読んだ。
藤沢周平自身が書かれた「一茶」という本を読んだ時、
私が抱いていた一茶像と余りに現実の一茶が違うので、
私は一茶が嫌いになり、胸くそが悪い思いをした。
そう思ったのは私だけでなく、書いた藤沢周平自身も
同じだったとこのエッセイに書いてあったので、
私は嬉しくなった。
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前半を忍耐に忍耐を重ねて読んだ末に、
やっと本来のエッセイになったときは、
「今まで良く我慢して読んでくれた。
 此処からはそれに対するご褒美だよ。」と
言われた様な気がして、嬉々として読んだ。(笑
面白くも懐かしい様なエピソードが出て来て、
子供の頃遊んだ野っ原の草の匂いに包まれている様な感じがした。

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     「真夜中の手紙」   宮本 輝   集英社

これを読み乍ら、こういう内容でも本に成るのかと思ってしまう程
バカバカしいと言えば、FANの皆様にお叱りを受けるでしょう。
これは宮本輝が御自分の公式サイトの登録メンバーに宛てたメールを
123通選ばれて編集された物です。
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仕事を終えて寝る前、お酒を飲み乍ら、音楽を聴き乍ら、
時には落語を聞き乍ら、返信メールされたあれこれで、
おかしくて苦笑いしたり、バカバカしいと怒ったりしながら、
私も就寝前、疲れて堅くなった頭をフヤフヤにフヤカしてもらって
熟睡致しました。
眠れぬ夜のお友達と申しましょうか?(笑

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     「星月夜」   伊集院静    文芸春秋

伊集院静が初めて挑んだ推理小説と言えば、
「読まずに置く物か!」という意気込みで読みました。
若い頃貧しさと国が違う差別とに見下げられて育った男が、
混乱に乗じて富と女を手に入れて行く。
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どんよりと暗い闇の中を、手探りで進んで行くと
行く手に1人の男の燃え上がる激しい火柱が見えて来る。
如何にも伊集院静の世界である。
今まで彼の自伝的な作品が多かった。
それは自分をさらけ出したかったのだろうか?
背負って来た物が余りに大きかったから・・・・・
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そして何か新しい事に向かいたかったのかも知れない。
何処か松本清張の世界観に似て、悲哀と人間の底知れない恐ろしさを
感じるが、憎む事が出来ない。
それほどに人間とは、悲しい生き物なのかも知れない。
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by magic-days | 2012-04-04 23:41
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   「いねむり先生」  伊集院 静   集英社
人は重い荷を背負い生まれて来て、
その重さに時に負いあぐね、酒に溺れ、のたうち回る。
そんな時きっと誰かが優しい手を、差し伸べてくれる。

主人公サブロー(伊集院静)は、「ギャンブルの神様」と呼ばれる
「いねむり先生」をKさんから紹介され、
その出会いから別れまでを、多分有りの侭の出来ごとを
書き綴っているのだと思う。
(メジロ)
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全編に切ないサブロー君の苦しみと、戸惑いと悲しみが流れている。
いねむり先生が
「サブロー君、又小説を書きますね?『チヌ』の話は好きですよ。」と言う。
しかしサブロー君は、小説を書く気を無くしていた。
先生はそれ以上その話はしなかった。
(ジョウビタキ♀)
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私も「チヌの月」が好きだったので、ちょっと驚いた。
余りにも大切な人を過去に亡くしていたので、
いねむり先生が亡くなったと聞いても、
悲しみをシャットアウトしてしまったサブロー君が、
中国の居酒屋で、先生に似た現地の店員を見た時、
「先生は、こんな所に居たのですか?!と
初めて涙を流し、先生の死を受入れる所は、
(クロッカス)
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本当に切なくて、この本を不本意に選んだ事を後悔しました。

この本を読むときは、伊集院静さんの人生の悲しみを、
受け止める覚悟が必要であったと思いました。

他人の心の奥を不本意に覗いたツケは、
暫くの間私を無能にしてしまった。
(紅梅)
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   「百」    色川武大    新潮社文庫
色川さんは、ギャンブルの神様と言われた人で、
阿佐田哲也のペンネームで「麻雀放浪記」を書いた人です。
私も今回初めて知りました。
「麻雀放浪記」は映画化され見た記憶があります。
そして言わずと知れた、この方が伊集院静さんが書かれた
「いねむり先生」のモデルです。
(カルガモ)
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この方は出産の際、鉗子で引っ張りだされ、
頭がいびつになりました。
子供心にとても恥ずかしく、こんな頭の者は
1人前の事を言う資格が無いと、
学校でも授業中に発表等しなかったのです。
(マンサク)
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軍人だった父親と色川さんの間は、他人には理解出来ない
愛憎が存在してました。
4つの短編集からなり、そのどれもが万人に好まれるとは
言いがたく、色川さん独特の闇の世界が広がっています。

おしらせ
深大寺にて3月3、4日、達磨市があります。
ご近所の方よろしかったら、お参りにいらっしゃいませ。
私は今日行って来ました。
機会が有れば写真は後日掲載します。
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by magic-days | 2012-03-03 16:21
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 「蜩の記」   葉室 麟     祥伝社
大分県羽根藩(架空の藩)で郡奉行を勤めていた戸田秋谷が側室との
不義密通の汚名を受け、家譜編纂と10年後の切腹を命じられた。
その7年後からこの本は始まります。
家譜とは、その藩が幕府に対して先祖が如何に貢献したかを
記録した物で、いざと言う時藩を守る重要な物でした。
(これに秋谷は「蜩の記」と名付けていました。
 自分の先の短い命を蜩に例えたのか?
 それともその日暮らしの日々を掛けたのか?)
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その様な大事な物を、罪人に任せると言う所に、
藩主の複雑な心模様が現れている。
藩主は側室と秋谷の不義等信じていなかったのかも知れない。
1言秋谷が弁明すれば、許された事だったのです。
しかし秋谷は、心が通じていると信じていた藩主が下した命を聞いて、
秋谷の方から、見切りを付けたのだと思います。
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家譜編纂は、誰にでも出来る事でなく、自分しか居ないと言う自負が
あったと思います。
それは何よりやり遂げたかった。
秋谷が見据えている物は、出世とかではなく、藩民上下無い幸せであり、
藩の未来に続く安泰だったと思います。
藩主が10年後と決めた切腹も、勿論編纂の終了にかかる年月と
その頃不義密通の真実も判明し、切腹しないで済み秋谷も
10年と言う期間を与えた自分に、感謝するとでも思ったのでしょうか。
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それは、見込み違いであったのです。
人間性の違いだったのです。
事の起こりは、1人の男の出世欲に始まり、男と女の武士と領民の人生を
大きく動かして行ったのです。
しかし秋谷は、その様な事にブレず己の武士として人間としての勤めを
全うしたのです。
今この日本に居てくれたらと思わずに入られませんでした。
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秋谷の傍で暮らす息子と、巡り合わせで共に寝起きし、編纂を手伝う修三郎に、
秋谷の精神は受け継がれ、羽根藩の安泰を暗示している。
今の時代に出るべきして出た本だと思います。

直木賞、おめでとう御座います。

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横浜市の三つ池の掻い堀りが、今年初めにありました。
井の頭かんさつ会からも、沢山の有志が助っ人として参加しました。
その様子がクリックして頂ければ、見る事が出来ます。
私も拝見して、如何に大変な事かと実感しました。

井の頭池もやっと何年か先にやる訳ですが、
此処に至るまでのかんさつ会、特に外来魚捕獲研究や餌やり自粛運動等を
地道に続けて来られた方々の功績は、大きいと思います。
本当にお疲れさまでした!
これからも宜しくお願いします。

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私の友人のveraさん(ブログ「今日もいい日♪」)が
通っている写真教室の写真展が
三鷹駅近くであります。
お近くの方ちょっとお寄り下さい。
素晴らしい写真が並びます。
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by magic-days | 2012-03-01 00:10
(ダイサギ)
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       「わたしの普段着」  吉村昭  新潮文庫

先日津村節子さんが書かれた、ご主人様(吉村昭)の闘病記
「紅梅」を読んで感動しましたが、
それは吉村昭と言う素晴らしい被写体があったればこそではないか?
確かに津村節子さんは芥川賞作家であるから、素晴らしい作家である。
だからこそ、モデルも書き手も申し分無い相手を得た本であった訳です。

私はその後、吉村昭と言う作家はどの様な人だろうと、思いは募るばかり。(笑
その思いから選んだ本は「わたしの普段着」
近所のお寿司屋さんとの付き合い、家出娘との縁。
取材旅行先での誤解や、人情味溢れる土地の店主との付き合い。
(カルガモ)
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戦争ものや歴史ものを書くに当たっての資料集めの徹底した収集は
定評があったようです。
自費で取材旅行に出掛ける事も多く、奥様から旅費を
出して頂く事もあったと記してある。

「黒船」と言う本を書いた時、主人公の美しい妻の墓が、下北半島の徳玄寺だと知って、
早春の頃訪れると、墓地は雪に覆われ、頂きに冠を頂いた様に白い雪が
乗っていた。
その佇まいに引かれて、吉村昭は北国にお墓を買っていた。
雪の中は暖かく、春が来ると墓の周りから雪が解け、
やがて碑面が解けた水で洗われた様に、現れるそうです。
吉村昭は今雪に優しく覆われて、安らかに眠られている事でしょう。

(ジョウビタキ)
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     「三年坂」  伊集院 静    講談社文庫
この本の有り難い事は、新装版で字が大きく
行間もゆったり取ってある事です。(笑
何年か前に「宙ぶらん」と言う本を読んで、何か満たされない気持が
残っていましたが、今回の本も短編集ではあるが、5つの短編は、
どれも秀作であると思います。

清らかで詩情豊かであり、人間の奥深い所まで到達する様な、
人生模様を感じます。
(メジロ)
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私は「チヌの月」に惹かれました。
老釣り師と「チヌ」と言うイシダイに似た魚のやりとりが、
実に魚釣りのしぶとさと、性までも感じさせる所に書き手の才の高さを
知らされます。
次は長編を読まさせて頂きます。
好きな作家が、増えて行く事が嬉しくて仕方ありません。
そしてこう言う時間を今与えられて幸せです。
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by magic-days | 2012-02-13 20:01
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      「下山の思想」     五木寛之    幻冬社新書
「いま、未曾有の時代がはじまろうとしている。」で始まるこの本の
目次を見ると、
     下山しながらみえるもの。
     新しい物差しをもって。
     第二の敗戦を生きる。
     当たり前を変える時。
     黒でもなく白でもなく。
こう言う見出しが、目に付く。
五木寛之は言っている。
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『私達は、既にこの国がそして世界が病んで居り、急激に崩壊へと向かいつつ
 あることを肌で感じている。
 それを知らないふりをして暮らしている。
 感じないふりをして日々送っている。』

心の奥底で恐れていて、口に出すと恐いことが起こりそうで
口を閉ざして生活している時、勇気ある人がズバリと指摘する。
その瞬間「アー、もう逃れられない!」と言う諦めと、
その恐怖を受け止めてくれる人が現れたと言う安堵感が、
同時に身体中を巡る。
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山を登るときは夢中で登る。
頂きに立ち頂点を極めた満足感に浸るのは一瞬で、
次の瞬間下山が待ち構えている。
そして今は、その下山のときであると言っている。

現在の自分の立ち位置を客観的に指摘されると、
不安が少し薄らいで行く気がする。
しかし東北震災の余震が少し間隔が納まった今、
またしても、四年以内に都市直下型地震に見舞われると報道されている。
大昔から日本民族は、何度もその洗礼を受けては立ち直って来た。
しかし・・・・今回は如何に!
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   「異国のおじさんを伴う」   森絵都   文芸春秋

この方の作品は丁度1年前「抱擁、あるいは ライスには塩を」を読んで、
(凄い勘違いをしてました。この本は江國香織さんの本でした。)
機会が有ったら、もう1度何か読んでみたい物だと思っていました。

10の短編小説から成り立っていて、どの話も不思議で読んだ後
「ポカン!」と西日が射す居間に置き去りにされた様な
謂れの無い思いにとらわれてしまいます。
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中でも7番目の「ラストシーン」は、一気に読んでしまった。
映画「検察側の証人」を、飛行機の中で見ていたキューバに帰る
男性が、急に映画が消えたと言って騒いだ所から、
周りを巻き込んで話は進んで行く。
この映画を観た事がお有りの方ならお分かりになるでしょうが、
ラストのその又ラストを見ずして、この映画はThe endとは成らない。
飛行機が着陸状態に成ったので、仕方ない事だと、キューバに帰って
DVDで見ればいいと皆は同情しながらも、席に戻ろうとする。
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その男性は、
「僕は仕事で今回初めてキューバを離れて、今仕事を終え帰れば
二度外国へ行く事等ないだろう。
DVD等殆どの家に無いし、勿論ウチにも有りません。
映画館が有ってもビリー・ワイルダーの作品が
上映される事はありません。」
この男性は、二度とラストのその又ラストを見る事は永遠にないのです。
隣に座っていた僕(主人公)は、観光でキューバに行く所だった。
だか訪問するその国の事を、何も知っちゃ居なかった事に愕然とする。
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表題の「異国のおじさんを伴う」は、最後の短編ですが、
幾ら考えても分からない。
この人らしい世にも不思議な話なのだろうか?
それともこの方の体験なのだろうか?
その分からない所が魅力なのかも知れない。
     
    「検察側の証人」
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by magic-days | 2012-02-02 17:02
(三鷹駅前バスターミナル)
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1月14日
三鷹産業プラザにて、三鷹市と筑摩書房主催の津村節子さんの
講演会があり、行って来ました。
11月にこの方の「紅梅」に感動していた折に、市の広報誌にお知らせが出て、
楽しみにしていました。
入場は無料でしたが、先着150名と言うことなので開場時間の
30分前に行きました。
(この路の先が井の頭公園)
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開場時間までロビーで待たされましたが、その間ロビーは沢山の方が
静かに読書をしてあったのは、流石だと思いました。
私は前から3番目に座れましたが、後に立ってお聞きに成っている方も
あったそうです。

津村さんも話を進められる松田哲夫さんも、三鷹在住の方です。
市長のご挨拶が有り、ご両人が壇上に上がられました。
津村さんは80歳を過ぎられたそうですか、若々しくチャーミングな方でした。
本当に少人数の方に話される様に、静かな声で時々笑顔で
話されるお姿に好感が持てました。
(ツグミ)
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子供の頃病弱だった事。お爺さまかお父様の「明治大正文学全集」を
小学5、6年生の頃に全て読破された事。
意味も分からずただ活字を追う楽しみを見つけられたのでしょう。

大きく成られて、岩波文庫の[世界文学全集」を読む機会を得て、
これも全て読破、このときは面白くて読まれたそうです。
「カラマーゾフの兄弟」が1番心に残っていますと仰っていました。
(ツグミ)
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作品らしい作品を書かれたのは、洋裁店をやりながら、
外に遊びに出れなかった、子供時代を思い出して書いた「犬を連れた少年」で、
思いきって小さな出版社に持って行ったら、
その場で読んでくれて
「『最後のひと葉』と言う話を知っていますか?良く似ているね。」と言われ、
人まねだと思われたと感じ、がっかりしていたら、又書いて持っておいでと
言われたので嬉しかったと笑われた。
その頃瀬戸内寂聴さんも同じ出版社に作品を書いていて、
後に親しく成るきっかけとなった。
(モクレンの花芽)
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どんな時も小説を書き、書き上げた時の達成感とそれが評価を
受けた時は例えようも無い喜びだったようです。(広報誌より)
話の後半は「紅梅」の話になり、殆ど本に書いてある事なので省略します。
若い頃の本好きが高じて、本を書く事に移行して行ったのは、
極自然の成り行きであり、才能が花開いたのだと思う。
もし津村さんが病弱な少女でなく、外で元気で遊ぶ子供であったら、
本を読む時間は与えられなかったかも知れない。
そしてその才も開かず終わったかも知れない。
(カルガモ)
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余りある時間を、読書に費やした津村さんは、何かに導かれたのかも知れない。
会場に夫である吉村昭さんの本も陳列してあった。
私は未だ読んだ事は無いが、立派な人だったのだと改めて感じました。
吉村さんのご冥福をお祈りします。
そして津村節子さんのこれからのご活躍も期待します。
(ヒヨドリ)
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俳句の私家版の販売があり、サインもして下さると言われたが、
この日は娘の誕生日で、吉祥寺で待ち合わせているので失礼しました。
もしかしたら、「紅梅」もサインして頂けるかと持参したが、
この会の主催社と違うので、無理な話であった。(苦笑

  (追加)

津村節子さん略歴

作家。1928年、福井県生まれ。吉村昭は夫。
学習院短期大学部卒業。64年「さい果て」で新潮同人雑誌賞、
65年「玩具」で芥川賞、90年『流星雨』で女流文学賞、
98年『智恵子飛ぶ』で芸術選奨文部大臣賞を受賞
2011年「異郷」で川端康成賞
     「紅梅」で菊池寛賞
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by magic-days | 2012-01-17 11:25
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久し振りにDVDで映画を観ました。
fusanさんのブログで紹介を受け、見てみたいと心が動きました。
それは1946年、アメリカで作られた「素晴らしき哉、人生」です。
何と私が生まれた次の年。と言うより終戦の翌年作られた映画です。
主演は「アメリカの良心」と言われたジェームズ・スチェワート。
(シジュウカラ)
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私は途中まで見て前に見た事があった事に気が付きました。
「どこから?」
それは2級天使(羽を持たない天使)が、主人公が自殺するのを助けに来る場面です。
この天使がちょっとおとぼけでいい味しています。
どうやって彼を助けるか?
それは彼より先に冷たい冬の川に飛び込み、
彼に助けてもらう様にしむける事でした。
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頭が良いです。人を助ける時に自分も難を被る。
こう言う事が出来る人は、勇気が有り助けられる身になれる人です。
この前見た時も今回もこの場面が1番好きです。
色々教わります。どんなに話し上手な人が人助けの講釈をしても
これ程私は納得出来ないでしょう。
この映画は、「幸せとは何か?」を問いかけています。
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去年の東北地震を経験して大きな打撃を受けた今、
私達は「幸せとは何か?」と問い掛けられている様な気がします。
天使は、もし主人公が生まれてなかったら、この街がどうなっていたかを示します。
自分の存在の意味を知らされた主人公は、どんなに嬉しく励まされた事でしょう。
良い映画でした。
fusanさん、有り難うございました。
(ムクロジの実)
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12月に読みました本にちょっと無理があるかも知れませんが、
表題に被ると思われますので、以下に続けさせて頂きます。
(ツグミ)
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    舟を編む     作 三浦しをん  光文社

これは1冊の辞典が完成するまでの物語です。
辞典を作る事を「編む」と言うそうです。
広い海の中に泳ぐ言葉を拾い集めて、あいうえお順にその意味を
如何に要領よく的確に載せるか?
その言葉は先ず、載せる必要があるか?
14年も掛かると要らない言葉が出てくる。
問題は次々と出て来る。地道な作業の毎日。
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しかし彼らは、新しい辞典を作るために、家族の存在を忘れ、
自分の健康さえ省みず没頭している。
私は物語よりどうやって辞典が出来上がって行くか、
その方に興味が行って凄く面白かったです。
主人公のキャラも、然もあり何と言う設定で登場人物が
イキイキと動いていました。
出来上がった時、家族と共に喜び合う。
こういう人生もあるのかと思い知りました。

(ムクドリ)    
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    君のいない食卓   作 川本三郎  新潮社

この方は1944年生まれ、文芸・映画評論の第一人者とある。
そしてこの本は「食エッセイ」の名品と位置づけてある。
私と同じ世代を生きて来た方だけに、「あ、うん」の呼吸で
物語の背景も匂いさえも漂って来る。
最近私が夢中に成る本は、ほとんどが同年輩の作家が書かれた本である。
(シジュウカラ)
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母が作った三食弁当がおいしかった。
名も知らぬ漁港で食べた魚が美味かった。
その食べ物の思い出が、作った人や一緒に食べた人の
思い出へと導いてくれる。
亡くなられた奥様が、時々川本さんが食事の支度をしていると
生前と同じ様に、笑いながら
「何でも細かく切るのね。」と言うのが聞こえて来る。
(コゲラ)
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「食は人に通じる」そんな思いが、其処此処に出て来て、
しんみりしてしまう。
それは悲しみでなく、ほのぼのと湯気の立つ食卓を前にする
川本さんの人生のスタイルなのだと思う。
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1月2日朝7時
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by magic-days | 2012-01-07 17:14
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     「紅梅」   津村節子  文芸春秋

これは、物書きの夫婦の物語です。
夫・吉村昭さんが舌癌から膵臓癌に取り付かれ、
その闘病生活と死に至るまでの壮絶な戦いと
彼を取り巻く家族、特に妻・津村節子さんの心情が正直に
書かれている。
頻繁に「物を書く女なんて最低である。」と
自分の事を責める節子さんが、哀れで胸が締め付けられる。
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吉村昭が苦しんで居る時も、依頼された小説を書かずにおれない。
夫が自分の事を「冷たい女」と思っているだろうと
言いながらも書く事を止められない。
そう言う小説家の立ち場や性も良く書かれている。
病気に関しても、事細かく書かれている。
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癌の恐ろしさが伝わって来る。
私も理由も無く「もしかしたら、膵臓がんに罹るかもしれない。」
と思っているので(糖尿は膵臓の働きが原因だから・・)、膵臓がんの
恐さ等随分勉強に成った。
しかし、医師に聞くと糖尿病と癌の関連性は無いと一笑に付された。
それでもこの本を読んでいるときは、夜背中が痛くて
「あー、膵臓がんに罹ってしまったー」と嘆いている夢を見てしまった。
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吉村昭の自宅は、井の頭にあり私の家から玉川上水添いに30分程
歩いた所に在るらしい。
津村節子の旧友が北海道の釧路に住む原田康子と
想像させる文節を見た時、苦しい闘病生活ばかり
書かれている中で、嬉しくてホッとした。
原田康子は私が青春時代大好きな作家で、北海道に転勤で札幌に
住む様になった時、1番に声が聞きたくて電話をしたが、
「もしもし、原田です。」と言う声を聞くだけで満足して受話器を
下ろしてしまった。(ryoさんの小説のストーカーの気持が分かる。)
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この本は単に夫の闘病生活の記録に止まらず、素晴らしい文学に
昇華してある所は流石だと思う。
吉村昭の潔さもこの本を格段に上の位に導いている。
この夫有っての妻で有り、この妻有っての夫であると思う。
この本は前から読みたかったが、今ひとつ躊躇していたら、
Reiさまの感想を拝見して、読まずに居られなく成り
買い求めた。(笑

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   「落葉隻語・ことばのかたみ」  作 多田富雄  青土社

この方は免疫学者です。脳梗塞で右半身完全麻痺で言葉を発する事が出来ない
不自由な生活の上に、前立腺癌に襲われ、夜も昼も眠れぬ生活を
余儀なくされました。
しかしこの方は負けては居なかった。
リハビリが130日間で打ち切られると国から通達を受けた時、
彼は新聞に実名で国を批判し、署名を集め撤回を要求した。
車椅子で話も出来ない身体である。
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私は脳梗塞で倒れた患者にリハビリが130日で打ち切られるのは、
「社会は、もうお前等必要としないからベットの上で、
死を待てば良い。」と言っているのと同じだと言いたい。
私の義父は、やはり脳梗塞で半身不随になり、話す事も食べて物を
食道に送る事も出来ず、流動食ばかりであった。
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野菜を煮崩したカレーやポタージュ。義父はヨーグルトが好きで
その頃は珍しく自家製であった。
話せない父の気持を察するのは、大変でした。
義父も通じないのでイライラと短気に成って行った。

しかし義父は、リハビリは辛いと嘆いていた。
義母の為に頑張って続けていたと言うのが本当のところかもしれない。
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私はこの本を読む事は、当時を思い出す事が多く辛かったが、
この本はそれだけに止まらず、多田富雄さんはこれからの世の中は
辛い事に成るが、希望を捨てないで若い者が頑張っているから
大丈夫とメッセージを送っている。
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この本は新聞に連載(2年間)された
1部「落葉隻語」と、
  その後書きためた物を編集した
2部「ことばのかたみ」の2部構成である。

半身不随の不自由な身体で、前立腺癌の苦しみを秘め、
必要とあらば車椅子で駆けつけ最後の力を振り絞り、
後世の人々に勇気と希望を与えようとした人間が居た事を
忘れてはいけないと思う。
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彼は東北震災を知らずに旅立った。
私は彼の為にこれは神の最後の配慮であったと思う。
なぜ、彼はこんなに苦しみながら死ななければいけなかったか?
それは、吉村昭さんも然りである。
彼らは、それに値する何か悪い事をしましたか!?

何時のときも神の計らいは、深過ぎて私の様な凡人には
納得がいかない。
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by magic-days | 2011-11-30 09:11
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