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(井の頭・瓢箪池)
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東北大震災から2ヶ月が過ぎました。
最初の1ヶ月程は思考が停まっていました。
それでも何かモヤモヤした物が、蠢いていました。

それが最近はっきりと分かって来ました。
以前の価値観を、維持して行くのは困難だと言う事です。
それにもうそろそろ変えて行くべきだったのだと・・・
きっかけが無かっただけなのか?
単なるためらいだったのでしょうか?
(浮かぶエゴの花)
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日本はそんなにお金持ちでなく成った。
何か大切な物を無くして、便利で早くて高い物を
手に入れのじゃないでしょうか?

しかしそれらがどんなに脆く、生きていく上で絶対必要な物
じゃないだけでなく、重荷になっていたのかも知れません。
大部分の方々は、その事に気が付き後戻りしたり、
昔の姿に替えようと動き出されました。
(バン)
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私は主婦の立ち場で、もう一回生活を見直して、
今の社会(震災後の)に合った生活を
見付けて行かなくては、いけないのだと思いました。

家電は使わなくていい物は、使わずに人力に頼る。
冷蔵庫に1週間分の食べ物が満員に成って
ひしめいていると言う事は、
もう私の家庭ではないと思います。
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散歩がてらに、必要な物を買いに行けばいいのですよね。
今日新聞の新刊のお知らせに、
落合恵子さんの「積極的 その日暮らし」が出ていました。
なんて今の私の思いにピッタリの言葉だろうと思いました。
読んでいませんので、内容は分かりませんが、
表題が良いですね!
(オシドリ)
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電気掃除機は、震災前から使っていません。
狭いマンションでは、箒で沢山。
その代わり昔の扇風機が、3台納戸の隅から引っぱり出されて、
一寸面食らって部屋の隅で待機している。
今年の夏が変革のチャンスかも知れませんね。

でも変わらない物もあります。
私は4月から今期の外来魚捕獲に参加しています。
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(Tさん達は、埋め込まれた土管の上に立って作業しています。
 本当は胸位の深さです。)
皆の顔を見ると、此処だけは震災に遭っても変わらない。
と見回しながら嬉しく成りました。
此処の人は、何でこんなにいい顔しているのだろう。
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4月は土管の中を見回って、バスが産みつけた卵を
掬い上げたりこそぎ取ったりから始まります。
私は岸辺から指図を待って、網を投げたりタライを投げたり、
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受け取ったり、タライの中身をバケツに写して、
見学者に説明してるUEさんに渡します。
最近見学者の質問が的を得て来ました。
負けられない!(笑
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5月に成ると、バスの稚魚の群を見付けて、網で掬い取ったりする。
それは、私は全く手出し出来ない。
獲って来たバケツの中を覗いて、歓喜するだけです。
今年はバスの産卵が終わるころ、何とギルの卵を見付けた。
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バスとギルの卵を、見分ける眼力はすごいと思う。
それだけでなく在来魚の卵もかっちり分かっていて、
それを間違って取ると言う事はない。
稚魚に間違って、在来魚が入って来ても、素早く見付けて、
確認した後弱らないうちに、池に放っている。
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去年迄は私の記憶なので確かでないが、
ギルの卵は見付けられなかったと思います。
これは推定だと仰っていましたが、
バスが何らかの原因(それは、彼らがバスを去年まで捕獲して
減らしたからだと思いたい)で減ったので、
(バスの稚魚)
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ギルが土管に卵を産みに、寄って来たかも知れないのだ。
バスの方が大きいから、ギルはバスが土管の周りに居る間は
寄り付かない。

もしこの推測が当たっていたら、彼らの地道な働きが功を奏した事に成る。
しかし、この運動には終わりは無い。
手を緩めると又元の木阿弥に成る。
(今日の北の空)
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潔く捨てる物と、捨てる事が出来ない大切な物。
それを選ぶ時なのかも知れない。


自然観察の部屋が更新しています。
可愛いカイツブリ一家の引っ越し、神田川の可愛いヒナ達(実は私は今日見て来ました!)
今回は盛りだくさんです!

(追加写真・エゴの木の花)
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by magic-days | 2011-05-30 20:06
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寺町の何でも売ってるお店のおじさんが亡くなった。

今日久し振りに、寺町の方に散歩に行って、
帰りにお店の前を通ると、おばさんと目があったので、
ヒョイと手を揚げると、
「おじさん、死んだんだよ。」と言う。
「えっ?・・・・」一瞬何の事かと思い、
直ぐには何も言えなかった。
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やっと分かって「いつ?」と抑揚の無い声で聞いていた。
「22日」
「22日って・・・4月の」
おばさんは私の問いに、一寸目を泳がせて、
「そう4月・・・いやいや5月だよ。
 つい先日だよ。」と
私の寝ぼけた問いに、つられてしまったと
言うように苦笑いした。
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「病院で?(亡くなったの)・・・・」
私はまだボォーとした頭で、何も考えてなかった。
口だけがそんな私を庇う様に勝手に動いていた。

何時かこんな日が来ると思っていた。
癌だと知らされたのは何時だっただろう?
去年の夏の終わり頃だっただろうか?

とても家の娘の事を可愛がってくれて、
好きそうな花の季節に成ると、市場で選んで買って来てくれた。
ポピー、芍薬、ボタン、アヤメ、紅花、吾亦紅、・・・・
それも途絶えて久しい。
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花の無い季節が過ぎて行った。
そしてとうとうおじさんは逝ってしまった。
おばさんは葬儀屋の方と、忙しく打ち合わせを始めたので、
「又ゆっくりくるね。」と手を振って別れた。
これからおばさんに会うのが辛く成る。

引っ越して来て、高源院に行く様に成った時から、
前を通る私達に声を掛けてくれた。
夏の暑い時に缶ジュースやアイスを娘に持たせてくれた。
もう子供でない娘は、恥ずかしそうに受け取っていた。
祖父母は、そう言う接し方をしない人だったから、
娘は嬉しかったに違いない。

おじさんは、私が子供の頃の八百屋のおじさんの様な格好をして
店の前の水まきや、仕入れた花を束ねていた。
優しい方だった。
淋しくなる・・・・・
おじさん、カルガモになって高源院に戻って来てね。




児玉清さんも娘さんが待たれる天国に召された。
77歳でした。
もっと生きて若い人に助言を戴きたかった。
ご冥福を。



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写真は震災前3/8高源院にて。
今はアオサギもダイサギも繁殖期にて、
旅立ちました。

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先日掲載しましたカイツブリが、
大変な事に成りました。
詳しくは、自然観察の部屋。
上のカイツブリをクリック下さい。
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by magic-days | 2011-05-24 22:53
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随分ご無沙汰致しました。
長い休息を戴き、心身ともに漲る力を感じます。
これからも宜しくお付き合い頂けましたら、
幸いです。

さて本日は、水木怜さんが照葉樹の特別号とし、
単独て出されました「残照」のご紹介をさせて頂きます。

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物語の主人公多恵は、多分ryoさんや私と同じ年代の女性です。
その多恵が、結婚して短い年月で離婚した事により、
1人息子と離ればなれなります。
長い年月を経て、家を出た息子に巡り会うための、道のりの途中で、
思いもかけず別れた夫を理解し、もう1度見つめ合う「時」を
与えられます。
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結婚の破局の原因は、夫にあると思っていた多恵でしたが、
自分にも至らぬ所があったと反省します。
昔の猛々しさが無くなった年老いた夫に、多恵は罪滅ぼしの様に
優しく接します。
この物語には、親が仕出かした悲劇と
子供も同じ事を、繰り返す二重の悲劇が書かれています。
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衝撃的だったのは、息子の同棲相手が、その弟の死の重荷に
耐えきれず、自分も死にたいと思うのだが、
その死の後押し役を多恵の息子にさせるのです。
息子にその女を包み込む愛があったなら、
勿論その女は死を選ばなかっただろう。
(カイツブリの抱卵)
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だが息子は若くて、自分の抱えた重荷に耐えきれないで、
女の愛に縋って引きこもっている身であったから、
それは望むべきも無い事だった。
どちらにとっても不幸な話である。

息子は女を死に追いやった罪におののく。
しかし不思議な物で、その事により母が父の元を
去った理由を計り知る。
自分は全く父と同じではないか!
愕然とした裏で、父を越えて立ち直る事を決心する。
その決心を支えたのは、言う迄もなく多恵と克美の
揺るぎない愛であった。
(カイツブリの番)
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水木さんの今回の作品を拝見して、
物語の構築の緻密さ(これは何時もの事です。)
人間関係の奥深さを感じました。
そしてそう感じさせたのは、実に会話が生きているからです。
息子を育ててくれた後添いの克美や、前夫の伯母ハマノとの会話に
特に感じました。
思わず引き込まれて、聞き入ってしまいました。
(ユリの木)
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前夫との生々しい性も、敢えて書かなければ、
この物語は始まらなかったでしょう。
その部分がどす黒い血を感じさせるから、
親子の血の繋がりや、男女の縁の不思議も伝わって来ます。

神は自分の罪に気付き、後悔して許しを乞う者に、
実に寛容であると思う。
水木さんの作品を読み終えて、
大きな希望と勇気を戴いた気がしました。

本の「あとがき」に、こう書いてありました。

人間は生きている限りは「まだまだ夢の途中」・・・


上のカイツブリは、ただ今卵を温めています。
詳しくは自然観察の部屋へどうぞ!
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by magic-days | 2011-05-18 22:37
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