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今、どうして白洲次郎なのか?
この本「風の男 白洲次郎」を読めば納得です。
今、ある意味終戦後の日本と状況が似ているのでないでしょうか?
白洲次郎が戦後吉田茂の下で新しい日本を作るべく東奔西走していた時と
現在アメリカとの新しい関係性を見直さなければ成らない時期と。
そしてそこで働く人間に求められるのは、「白洲次郎」ではないでしょうか?

白洲次郎は、日本人がアメリカに対して必要以上に卑屈で、
同じアジア人に対して横柄だった事が我慢なら無いくらい嫌だった。
憲法作成の時天皇の位置付けや戦争放棄したからには、経済力を
付けねば成らない。その為にアメリカに対する援助の要求を
堂々とやってのけた。
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食品、電力と次々に日本再興のために、物わかりの悪い、
私腹を肥やす事しか考えない役人相手に怒りまくってやり通して行く
実行力は凄い。

坂本竜馬がなぜあのように働けたか?
それは脱藩した浪人者だったからだと言う人がいる。
そして、白洲次郎も代議士にならず吉田茂の直属で動いていた。
それも実際は白洲が吉田に助言していた事があったようだ。
時の総理大臣を「あのじいさんが・・・」と愛情を込めて呼び捨てに
していたやんちゃ坊主のような男だった。
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英語を日本語より上手く操ってアメリカ人相手に渡り合っていたが、
私はこの人程侍らしい侍だった人は、あの当時居なかったのではないだろうかと思う。

アメリカでの調印式に全権団の一員として渡米した時、
他の団員が見すぼらしい服装であったのに、
白洲はヘンリー・プールのスーツ姿で現れ鮮烈な印象を与えた。
これは正しく侍が貧乏生活を送って居ても、いざ城から呼び出されれば
裃を携えて登城するのに似ている。

「白洲はそれだけ金持ちだったのさ」と決めつけてはいけない。
この間行った「武相荘」は退職金の1万円で買った土地と家であり、
私は、戦後あれだけの働きをした人にしては、粗末な家だと思いました。
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しかし白州を知れば納得出来る。彼は私腹を肥やす事など考えても居なかった。
新しい日本を、アメリカから独立した日本を作りたかった。
私腹どころか、自分の給料さえ他に廻していた。

『娘が余り狭い家に住んでいるので、白洲が鶴川に越して横に
家を建てれば良いと言うので、援助してくれるのかと思えば
正子に「私達も新婚時代はお金が無くて借金したのよ。」と言われた。』
と「次郎と正子」に書いてあったが、それは真実だったと思います。
今ならば・・・・
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今の政治家や役人に、こんな人がいるだろうか?
私は今日選挙に行って、候補者の名前の前で立ち尽くしていました。
誰にしたら良いか分からない。情けない・・・・
すぐに「この人!」と思える人が居ないのです。

白洲次郎さん、この世に化けて出て来て下さい。
そして「お前ら、なにやってんだ!」と一喝ごつんと言って下さい。
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by magic-days | 2007-07-29 20:44
「なんて、暑いの!ちょっと水浴びしよう。誰も見てないよね。」
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「ぶるぶるぶる〜♪  ふうー気持ち良いなぁ〜」
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「お尻もフリフリ、きれい、きれい、身だしなみよ!」
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「よいしょっと、美しくなったかな?」
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「ほ〜ら、きれいになったでしょ。まっ、もともと美しんだけど。
おほほほほっ・・・でも美は常に磨かなくちゃ〜よ!」
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by magic-days | 2007-07-27 19:55
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昨日は暑い中「武相荘」に行く。
車で家からだと1時間ですが、交通機関を利用すると倍位かかるかも知れない。
郊外に住んでいる人はお分かりに成るでしょうが、中央に出るのは便利でも
南北の交通機関は、非常に不便で何度も乗り換えたり、
それも逆戻りしてから、目的地方向に駒を進められる。
と言った塩梅で埒があかない。
その点車は直線コースで行けれるから助かる。

手前にある専用駐車場に空きがあって、上手い事置けたので助かった。
そこから少し坂を登ると「武相荘」であった。
木々が門にゆらりと掛かり木陰が出来ていて、
そこから空気がひやりと感じられた。
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休憩所、喫茶室、手荷物預かり所が塩梅良く置かれ、きめ細かい
気配りが感じられる。

母屋の前は随分人が並んであり、係の方が「先に裏山を歩いていらしたら
如何でしょう?」と言うので従う。

坂道の登り口に「鈴鹿峠」と彫った石柱が植え込んであった。
正子さんのこだわりである。
先に1団体が道を塞ぎ案内人が大きな声で説明していた。
「・・・・正子に次郎無くして出来なかったであろう。
そして次郎に正子なくして出来得なかったであろう・・・」と聞こえて来た。
そしてお互い、お互いを凄い人だと呆れさせていたのだから
並の夫婦とは違う。

こんもりした山を廻って母屋に入ると、中は思っていた以上に狭い。
しかしこだわりの調度品が置かれ、住人が気持ち良く暮らしてあった事は
想像出来る。
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私は、調度品の良さは分からないし、興味は余り無いが天井や柱を眺め、
歩いていると床が「きゅ」と鳴くのを懐かしい気持ちで聞いた。

今日出がけにバタバタして、カメラの電池を今日に限って充電していたのを
忘れて来て写真を撮る事が出来なかった。(ですから写真は牟礼です。)
「今日に限って・・・」と門を出て坂を下りながら呟くと
「又来れば良いじゃ無いか・・・」と旦那が思い遣るのある声を
掛けてくれのが思いがけず、立ち止まってしまった。

前を行く旦那の背中を見ながら、
「あー、良い様に年を重ねて来たなぁ〜」と嬉しく思いました。
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by magic-days | 2007-07-26 16:38
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月下美人が開きました。
月の光を浴びて妖しい輝きを放っています。
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昔初めてこの花を見た時、何も知らずに不用心に覗いて、
その奥の世界を垣間見て身震いする程恐かったのを覚えています。
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この美しさは、何かを犠牲にしているに違い無い。
自分が想像出来ない物は、排斥しようとする小心者の自分がいました。
飲み込まれそうでした。
身体を起こして夜空を見ると月が私を見てました。
「どう、美しいでしょう?」と言いました。
私は、ただ恐く走って家に駆け上がりました。
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翌朝、恐る恐る縁側から見るとその花は、昨夜の気高い美しさとは
裏腹にぶざまに萎んでぶら下がっていました。
「月は?」見回すと夏の輝く青空の何処にも見えませんでした。
たった1晩の命だったのか・・・
「短くとも、貴女を魅了したわ。」
「それで満足!」
多くを欲しない。潔い生き方だ。


それからは、月下美人を見る時は息を潜めて
身構えて覗き込んで見ています。
恐いもの見たさです。(苦笑
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by magic-days | 2007-07-24 22:11
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                   (’05.11月)
牟礼に越して来て半年くらい経った時に、私は近くの路地でシャム猫に
会った。首輪もしてないが綺麗な猫で、飼い猫であるに違い無いけど
放し飼いにして、車にでも轢かれたらと心配した。
それから何日かしてその路地の入り口で、煮干しを貰ってる所に遭遇した。
その方に「お宅の猫さんでしたか?」と聞くと、そうでは無くやはり
野良猫であると言う事でした。
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                    (’06.9月)
ついこの間又この方と猫さんにお会いしましたので、お話を伺いました。
このシャム猫は7年程前から居着いて、子供も何度か産んだそうです。
お父さん猫はいつも同じで黒猫(私達がこの辺のボス猫と睨んだ猫だと思います。)
だそうです。1枚目の写真は当時の息子と並んだ所をパチッ。
親子とはとても思えませんが・・・
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                     (’06.12月)
子猫が裏の柿ノ木に登るのが好きだが、降りれないで「みゃー、みゃー」
鳴いて助けを呼ぶとそのシャム猫は、お兄ちゃんに「助けて来なさい。」と
言う様に身体を押し出すそうです。
見ていると、本当に子育てをしていると思えたそうです。
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                      (’07.1月)
これは、その後に生まれた子供と一緒のシャム猫です。
どっちが子供か分かりませんが、近くのお宅のベランダで寛いでいました。
この時は親子と知らず、この家のシャムちゃんと遊んでいると思ったのですが、
どうもこの方のお話では、子猫の様です。

子供が大きく成ると、親猫は子猫をこのテリトリーから追い出すそうです。
その時子猫は激しく抵抗しますが、母親は許さないそうです。
そして出て行った子猫は2度現れないそうです。
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                       (’07.5月)
狭いテリトリ−の中で、何匹もの野良猫が住む事は人間に疎まれ
結局自滅する事をこのシャム猫は知っていたのでしょうか?
自分の欲(子供)を捨てて賢く生きて行けば、平和に暮らせる。

しかし、プライドは捨てず真直ぐ人間の目を見て、
生きると言う事において、対等だと私に語ってくれている様です。
このシャム猫がこの先どう生きて行くか?
ずっと見守って行きたいと思います。


                 (文中の年月は撮影時です)
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by magic-days | 2007-07-22 15:18
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今朝の新聞に河合隼雄先生の逝去の記事が出ていた。
去年やはり朝日新聞に入院の記事が載っていて、
その後気を付けて関係記事が出ないかと見ていたが、
全くそれっきりだった。
退院されたのならお知らせが出るはずである。
それが今日唐突に終止符が打たれ、ぼーと紙面を見つめてしまった。

先日読んだ「大人の友情」にこんな事が書いてあった。
長いので簡単に略して書きます。

『死ぬのは恐い。そんな私に死ぬのはこんな事だよと
教えてくれたのが、白州正子さんだった。
白州さんが病気をされて瀕死の状態の時に、見守る人達に
「大丈夫、大丈夫」と言われた。
その後病気が直られてお会いした時、その時の事を話して下さった。

意識が朦朧としている時に、ふと気が付くと1人で山道を歩いていた。
ところが、桜の花が満開で、それが散りはじめ、その花吹雪のなかを、
これなら1人でゆける。と思って「大丈夫、大丈夫」と言われたらしい。
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しばらくして白州さんは亡くなられた。悲しくはあったが「大丈夫」と
いう白州さんの声が聞こえてきた。
あちらに行くと白州さんが待っていて下さって、
悪戯っぽい目を輝かせて「ねっ、凄い花吹雪だったでしょう」
と言われるのを想像した。』

私は訃報の知らせを見ながら、直ぐにこの事を思い出し、
河合先生は、死ぬ時も怖がらず、桜の花道をにこやかに歩かれ、
渡った先に白州正子さんが待っていて、今頃「綺麗でしたよ!」と
手を取り合って再会を喜びあっていらっしゃるかも知れないと思いました。

臨床心理学という難しい分野を独特の関西弁で、私のような無学な者にも
興味を持たせて下さった事を感謝します。
専門分野の者同士で頷き合い、そこに独特の階級を作る学者が多い中で、
河合先生は講演会や雑誌に投稿され、臨床心理学と言う物の存在を
知らしめられたのです。

御冥福を心からお祈り申します。
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by magic-days | 2007-07-20 22:17
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いつもの散歩道に日体大のテニスコートがある。
朝早くから元気な声が聞こえて来る。
その庭の楓の木にこんな可愛い籠が掛けてあって、
餌が入れてある。風情があっていいなぁとしばし眺める。
多分コートの管理人の方が作られたのでしょう。
こんな遊び心が在るのと無いのとでは、人生の豊かさや厚みが
全然違うなぁと思ってしまった。
最近、急がずゆったり座り込んで時間の経過を楽しんだり、
腰を据えて取り組むと世界が広がる事を知りました。(遅いですが・・・
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お昼に久我山の本屋さんへ行っていた娘が戻って来るなり、
「本屋さん続けるって、今日は奥さんがお店に出てらっして
『先日からご心配をお掛けして』って御挨拶されたけど途中で目に涙を
溜めてお話しなさるから困ってしまった。」と娘はそれでも嬉しそうに
報告してくれた。
お店を続けて下さったらどんなに嬉しいだろうと
期待はしていたのだが、色々御事情もお有りだろうから
すぐには決まらないと思っていたのだけど・・・・・
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「良かった!」あの商店街から本屋さんが無くなるなんて考えられない。
本屋さんが在ると言う事は、その街の文化のバロメーターではないか!
とさえ言えると思います。(笑

1つの街には、必要な店がありそれが無ければ成り立たない。
まず病院、交番、消防署、パン屋、米屋、電機屋、郵便局、区役支所、
文具屋、肉屋、魚屋、花屋、銀行、勿論本屋。
何か忘れているかも知れないけど、まぁこれだけのお店は必要です。
そしてそれは店主も地元の人が経営してるのが理想的なのです。
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子供の時から知ってる「パン屋のおばちゃん」
初めてトランジスターラジオを買った時選んでくれた「電気屋のおじさん」
目を瞑ると浮かんで来る顔。
その街を出ても実家に帰って来ると「こんにちわ!」と挨拶出来る顔がある。
もう、そんな事は夢なのかなぁ・・・・
そういう日本を取り戻したいなぁ〜
余りにも殺伐としてないですか?淋しいよ!!
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by magic-days | 2007-07-19 01:00
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(上の写真は、台風当日の新宿方面。
 黒雲が下りて来て高層ビルの頭を隠してしまいました。)

そして昨日台風一過の朝、散歩に出ると青葉が陽に映えてキラキラと
輝いていました。
「なんて綺麗なんだろう・・・」と思い生命力の強さを分けて頂いた
気がして元気が出ました。
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マンションの裏手の野菜販売機の前迄来ると先客様がいらっしゃいました。
こちらに気が付かれて「おはようございまーす!」と声を掛けられてびっくり!
どなたかしら?と近付くとcoco&guyの元オーナーさんでした。

珈琲ショップを閉店されて後、何週間か前にお店の前でお会いした時は、
ちょっと店を閉める事に成った経緯を話されて、
残念そうでいらっしゃいましたが、
今日は、本当に台風が過ぎた今朝の空の様に晴れやかににこやかにして
以前のオーナーさんに戻られていて本当に嬉しく思いました。
しばらく有機野菜の話や気候のお話やらしてお別れしました。
この土地を出られるそうですからもう何度もお会い出来ないでしょう。
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夕方ベランダで花の状態を見ていると下の方から凄い数の鳥の声が
聞こえて来るので、覗いてみると前の空き地に沢山の鳥が居ました。
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殆どムクドリです。5月にあんなに沢山ヒナが孵っていたのに何処に行ったかと
思っていましたが・・・
下に下りて急いでデジカメを向ける。鳩が3羽程混じっていました。
暫くは私の存在を無視していましたが、余りしつこいと思ったのか
他にも理由があったのか飛び立ちました。
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何処かに行ってしまうのかと思いきや、上の電線に一時避難の様です。
この場所がお気に入りの様です。
長居は無用と失礼しました。
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戻ってベランダから見てみると、また下に下りて懸命に何かを啄んでいました。
彼等も昨日は台風で満足に食料にありつけなかったのかも知れませんね。
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by magic-days | 2007-07-17 09:51
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本を読んで行く内に自分では意識して無かったのだが、前の本と凄い
関連性を見つけて驚く事があります。

以前大江健三郎さんの本に読書の仕方が書いてあって、
幾つか上げてあったが、それから心掛ける様になったのが、

気に入った作者の本を何冊か続けて読んでみる。

読んでる内に難しいと思った本は、別の場所に立て掛けて置き
又読む気が起る迄置いておく。(これが多くて困ります。

1つの本を年代を隔てて叉読んでみる。
この3つです。

今回読みたい本(白州次郎さんの本)を購入しようと思ったら、
本屋さんが前述のごとくでしたから、
前から娘の本棚の中に河合隼雄先生の「大人の友情」があり
いつか読んでみようと思っていたのをこの際借りる事にしました。
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読み進む内になんと河合先生と白州正子さんは、お知り合いで
随所に正子さんが登場する。
何と言う偶然!(いや必然でしょうか?)
もし、私が先に「大人の友情」を読んでいたら、こんなに興奮しなかったでしょうし、
内容も本当には把握出来なかったでしょう。
酷い事を言えば「白州正子って何者?」です。(苦笑
なんだか私の読む本の順序が私の知らない所で
並べられていたみたいじゃないですか!

そして青山二郎さんと白州正子さんと小林秀雄さんの交友。
小林秀雄さんと中原中也さんとの関係迄も明らかにされて、
偶然にも私の抱いていた謎をこの本が暴露してくれたのです。
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波に乗っていると思ぬ拾い物をしてしまう。
この本は友情に付いて書かれてある本であるが、本当に色んな事を
学び大いに貴重な知識を得る事が出来た事は感謝です。

台風に閉じ込められましたが、得る物は得たしこちらは台風の被害も余り無く、
植木鉢やバルコニーの椅子や机が転がらない様にワイヤーで結び付けたりして
防衛準備は怠り無くやっておきましたが、それほどの事は無かった様です。

各地で被害が沢山出たのを見ていましたので、何だか申し訳ない気がします。

各被害地の皆様。心よりお見舞い申し上げます。
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by magic-days | 2007-07-15 23:33
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今日はとても悲しい事がありました。
先日から商店街の本屋さんが閉まっていてシャッターに
「暫く、お休みします」とだけ書いた貼り紙がありました。
棚卸しかな?と思いながらも珍しい事だと思い何だか腑に落ちない気がしました。
この本屋さんはお昼から夜10時頃迄開いていて定休日がありません。
学校帰りや勤め帰りの方に絞っての事だと思います。

こちらに来てすぐ本屋さんが商店街にあったので嬉しかったのを
覚えています。
直ぐに行ったら、愛想のないおじさんが座っていてお店に入っても
「いらっしゃい!」でも「こんにちわ!」でもなく、頭も上げない。
本当にがっかりしました。
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青山では、「青山ブックセンター」に毎日みたいに通いましたが、
あ−言う所は会話が成立しません。
本の事で聞きたくとも何だが馴染めませんでした。
でもそれはそれで違った良さが在りましたので、飽きもせず通いました。

でもこの本屋さんは、おじさんを除けば(最近は少し変わられていました。)
私には理想の本屋さんでした。
「今日は暑いですね。」と言うと答が返って来ます。
「出版社が分からないのだけど・・・・」
酷い時は「本の題も分からないんだけど、ただね・・・」と話している内に
私の探してる本を見つけて下さったり、取り寄せて下さったり
やっと2年3か月でそう言ったおつき合いが出来る様になりました。
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ところが今日少しシャッターが開いてて、店員さんの姿が見えたので
声を掛け「何時から開くのですか?」と訪ねると、
「御主人様が亡くなられたので、まだどうなるか分からない。」と
思いもかけない返事が返って来ました。

思えば最寄り駅の構内に本のチェーン店が出来てから、
御主人は新聞に取り上げられる程チェーン店がどんなに小売店泣かせで、
思う様に儲からないと撤去してしまうと言う無責任さを訴えてありました。
心労が重なってお疲れだったと思います。

駅向うのもう一件の本屋さんは、直ぐに閉店してしまいましたが、
ここは頑張って続けていらっしゃいましたのに・・・・
まだ可愛い小学生のお嬢さんが居て、その方と話してある時は
本当に嬉しそうで優しいお父様のようでした。
残念で心残りな事であったろうとご推察申します。
そして御冥福をお祈り致します。
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by magic-days | 2007-07-11 23:34
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