「漂砂のうたう」

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本年度直木賞を得た木内昇の「漂砂のうたう」は、
読み応えのある物でした。
この方の本は、今迄に読んだ事はありませんが、
本屋で手に取って、ペラペラと捲ってるうちに、読んでみたく成りました。
(メジロ)
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時代は明治9〜10年の、大きく時代の仕組みが変わった
混乱期の根津遊郭街です。
此処で暮らす男も女も、自分たちの境遇を嘆き此処から
抜け出せる物ならと機会をうかがっているが、
何時しか失望に終わり、毎日時の任せるままにその日暮らしを送っている。

主人公定九郎もそう言った1人である。
彼は士族の出である事を隠して、遊郭の妓夫台で立番(客引き)を
して暮らしている。
(兵庫橋のコサギ)
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そんな仕事でも上下の差がきちんと有り、
彼は何時でも代わりが居る様な不確かな上に座っていた。
そんな彼の周りに、ポン太と言う講談師の卵や、立番の兄貴分龍造。
花形花魁小野菊が関わって来る。

初めは冷めた目で流れる風景の1つと見ていたが、
だんだんと否応無く関わって行かされる。
彼は、此処から這い上がろうと初めて試みたりするが、
失敗に終わる。
(鴨池のコサギ)
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その失敗から、彼は人間にも幾通りもの生き方が有り、
その事に命をかけている者から、
「自由」と言う本当の意味を深く知る事が出来る。

その頃歌われた民権歌です。
♪〜
1つとせ、人の上には人はなき、権利にかわりがないからは、この人じゃもの
2つとせ、2つとはない我が命、捨てても自由がないからは、この惜しみゃせぬ
3つとせ、民権自由の世の中に、まだ目の覚めざる人がある、この哀れさよ
(鴨池のコサギ)
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読み進むうちに、明治維新直後と今の世の中は何処か
似ている様な気がしました。
国民を引っ張って行くべき者が、その時代の実態を知らず、
政策が短い間にひっくり返ったりする。
その下で暮らす人々は、右往左往するばかりで、
その内生活の糧迄無くす。
この作者が、今の時代に明治維新直後の物語を書いた意味が
そこにある様に思います。
(心字池のカルガモ)
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登場人物がしっかり描き込まれている。
筋運びが、抜群である。
最後のドンデン返しの素晴らしさ。
思わず「お見事!」とひっくり返ってしまいました。(笑



(2/5 13.751歩  2/6 4.060歩  2/7 6.893歩)
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by magic-days | 2011-02-08 11:22
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