「何があっても 大丈夫」

f0086169_1771757.jpg

常に世の中に、一石を投じ続けている
櫻井よしこさんの自伝と言って良いのだろうか?

2005年に発行されています。
第1章  しっかり物を見なさい。ー母がくれた宝物
     ベトナムで終戦を迎え、日本に引き上げて、
     ハワイ大学に入学する迄

第2章  私達は2番目なんだー父からの自立
     ハワイ大学時代。ハワイに出向していた父の事業の手伝いをする。
     卒業前のアメリカ旅行、そして卒業。

第3章  一体、何になりたいのかージャーナリストへの道
     日本に帰国、就職活動、通訳、新聞記者、
     テレビのニュースキャスター、
f0086169_1775956.jpg

3章から成り立っているが、それはそのまま櫻井よしこさんの
人生の転機点であると言って良いでしょう。
全文に登場人物への気配りが伺えます。

書くきっかけは、2001年に、お母様と産まれ故郷ベトナムを
訪れた時に、母上から父上の事を聞かされて、
その話を書き留めるつもりで書かれた
「コンプリート・ガイドブック インドシナの秘宝」の
『旅のエッセイ』がきっかけと成ってこの本が書かれた。
f0086169_1783354.jpg

それだけに、お母様への愛に溢れた本です。
しっかり為さった方で、戦後お父様が一方的に出て行かれて、
女手一つでよしこさんとお兄様を育て上げられた。

お父様と言う方が変わった方で、伴侶の価値を自分の事業欲を
満たす人に認めると言う人の様でした。
f0086169_17901.jpg

お母様は、お父様に離婚歴があると知らず、ベトナムで結婚されました。
お母様もお仕事を手伝い、大きな富を築かれ幸せな日々でしたが、
敗戦が全ての富を奪いました。

引き上げて来て、お父様は新に事業を始めるために、
よしこさんの家族を捨て、子供の居る料亭の女主人と結婚します。

よしこさんが日本で、大学受験をして居たにも関わらず、
ハワイ大学に入学したのは、お父様が入学金を送って来なかったので、
ハワイで事業を始めたお父様を手伝いながら、
大学に通うためでした。
しかし、金銭的な援助は受けられず、奨学金を受ける事に成ります。
f0086169_1794054.jpg

お母様とよしこさんそれにお兄様は、
決して自分たちの境遇を、不憫がらず、
常にお母様が「何があっても、大丈夫よ!」と言う言葉に支えられて、
前向きに生きて来られた事が、今日の櫻井よしこを育て上げたと言っても
良いと思います。

それにしても、母とは何と偉大なのでしょう。
自彊術の先輩達と、「私達は、どうだったかしら?」と言って
苦笑いをしてしまいました。
f0086169_1710237.jpg

今若いおかあさんが、酷い事を我が子にしているのを聞くに付け、
私達年代の子育てが間違っていたのか?
それとも、バブルが間違った価値観を植え付け、
今の経済が、その価値観を満たさないのが原因だろうかと
首を傾げました。(しかし、これは理由に成らない。)

私達の母の時代は、貧しさで言えば今以上でした。
それでも、子を慈しみ育ててくれた。
それとも1度厚いステーキを食べた人間は、
麦飯もイワシの煮たのも食べられなく成るのだろうか?
f0086169_17105210.jpg

何と不幸な事だろう。
幸せはお金では買えない。
幸せは、皆で食卓を囲み今日1日を思い返し、
家族の顔を眺めて、健康を感謝する事ではないだろうか?

藤沢周平の作品によく「足るを知る。」と言う言葉が出てくる。
正にこの事を忘れてはいけないと、
己に言い聞かせる。
奢り高ぶるにあらずと戒める。



ただ今、自彊術の教室で本が巡っていて、私の興味ある本が多い事に
感謝しています。


(8/23  14.113歩  8/24  7.331歩  8/25  8.263歩)
[PR]
by magic-days | 2010-08-28 16:03
←menuへ